【成功事例】多層ラック倉庫、既存構造を活かしたAMR導入でピッキング生産性40%向上と省人化を実現
導入企業の概要
今回の事例は、全国に販売網を持つ中堅の機械部品卸売企業である株式会社A社様の物流センターでのものです。同社は多品種・小ロットの出荷に対応するため、首都圏に延床面積約5,000平方メートルの物流センターを構えており、主要な保管方式として既存の多層ラックシステムを長年運用しておりました。保管効率を重視した設計のため、通路幅は比較的狭く、手作業によるピッキングが中心となっておりました。
AMR導入前の課題
A社様では、長年にわたり熟練の作業員による手作業でのピッキング業務を行ってまいりました。しかし、事業拡大に伴う出荷量の増加と、近年深刻化する物流業界全体の人手不足により、以下の課題に直面していました。
- 人手不足と労働コストの高騰: 特に繁忙期における必要な人員の確保が年々困難になり、採用・教育コストが増加するとともに、既存作業員の残業時間が増加しておりました。
- ピッキング作業の非効率性: 多層ラック内で商品を探し、集荷場所まで搬送するという作業員による移動距離が長く、一人の作業員が処理できる件数に限界がありました。また、経験や熟練度によって作業効率にばらつきが生じていました。
- 既存設備への大規模投資の躊躇: 保管効率の高い既存の多層ラックシステムを有効活用したいという意向があり、抜本的なレイアウト変更や、大規模な自動倉庫システムへの刷新には多額の投資と長期の導入期間が必要となるため、慎重な判断をされていました。
これらの課題を解決し、将来的な事業継続性を確保するため、既存の物流リソースを最大限に活かしつつ、作業効率と省人化を実現する新たな方策が求められていました。
導入したAMRとシステム
A社様が導入したのは、棚の下に潜り込み、指定された棚を作業員の待つステーションまで自動で搬送するタイプの棚搬送型AMRです。このシステムは、既存の多層ラック構造を活かせる点が大きな特長でした。
システム構成は以下の通りです。
- 棚搬送型AMR: 数十台のAMRを導入し、ピッキング指示に基づいて多層ラック内の該当棚を作業者ステーションまで自動搬送。
- AMR制御システム(WCS/WCS機能を含む): AMRの走行経路管理、タスク割り当て、充電管理などをリアルタイムで行います。
- 既存WMSとの連携: 同社が長年運用している既存のWMS(倉庫管理システム)と、AMR制御システムをAPI連携させました。WMSからの出荷指示データを基に、AMR制御システムが最適なAMRと棚の組み合わせを判断し、搬送指示を行います。
このシステム導入の鍵となったのは、既存の多層ラックをそのまま使用し、AMRがその下の空間を走行するという方式を採用したことです。これにより、保管効率を維持したまま、作業員が移動することなくピッキングを行えるGTP(Goods-to-Person)方式が実現されました。
導入プロセスと期間
AMR導入プロジェクトは、以下の段階で進められました。
- 現状分析と要件定義: 約1ヶ月。既存の作業フロー、データ分析、課題点の洗い出しを行い、AMR導入によって解決すべき具体的な目標値を設定しました。
- システム選定とシミュレーション: 約1.5ヶ月。複数のベンダー提案を比較検討し、A社様の多層ラック環境に適応可能なAMRシステムを選定。導入後のAMRの台数やレイアウト変更を最小限に抑えるための動線シミュレーションを綿密に行いました。
- 設計とWMS連携開発: 約2ヶ月。選定したシステムに基づき、AMRの充電ステーション配置、ピッキングステーションの設置場所、既存WMSとの連携API開発などを進めました。
- 機器設置とテスト: 約1ヶ月。AMR本体、制御用サーバー、ネットワーク機器などを設置。AMR単体の走行テストに加え、WMSからの指示による搬送テスト、作業員によるピッキングテストを実施しました。
- 現場トレーニングと本稼働: 約0.5ヶ月。実際に作業を行うスタッフへのオペレーション研修を実施。段階的に稼働範囲を広げ、最終的な本稼働に至りました。
計画開始から本格的なシステム稼働まで、約6ヶ月という比較的短期間での導入となりました。
導入効果
AMR導入により、A社様の物流センターでは以下の具体的な成果が得られました。
- ピッキング生産性40%向上: 作業員一人あたりが処理できるピッキング件数が、導入前と比較して平均40%向上しました。これにより、限られた人員でより多くの出荷に対応できるようになりました。
- 必要な作業員数の削減: ピーク時におけるピッキング作業に必要な人員数を約30%削減することが可能となりました。人手不足の解消に大きく貢献しています。
- 労働時間とコスト削減: 残業時間が平均25%削減され、年間で約15%の直接的な人件費コスト削減を実現しました。
- 投資対効果(ROI): システム導入にかかった費用に対し、約3年で投資回収できる見込みが立ちました。これは、大規模な自動倉庫システムと比較して初期投資が抑えられたこと、早期に効果が現れたことによるものです。
- エラー率の低減: AMRが正確な棚を作業ステーションに搬送するため、商品の取り間違いといったピッキングエラー率が約5%低減し、出荷品質が向上しました。
- 作業負担の軽減: 作業員が長距離を歩き回る必要がなくなり、ピッキングステーションでの作業に集中できるようになったことで、身体的な負担が大幅に軽減されました。
これらの効果は、既存の保管効率を維持したまま、主要な課題であったピッキングの非効率性と人手不足を同時に解決できたことを示しています。
導入における課題と解決策
導入プロセスにおいては、いくつかの課題に直面しました。
- 既存レイアウトへの適応: 多層ラック間の通路幅が狭く、AMRの走行やターンに制約がありました。これに対しては、導入前の綿密なシミュレーションにより最適なAMRの台数や走行ルートを設計し、最小限のレイアウト変更(棚の再配置や通路幅の微調整)で対応しました。
- 現場オペレーションの変更: 長年慣れ親しんだ手作業から、AMRが棚を運んでくる新しい作業フローへの変更に対し、当初現場スタッフに戸惑いが見られました。解決策として、導入決定の早い段階から現場への説明会や質疑応答の機会を設け、テスト期間中に十分なトレーニング時間を確保することで、スムーズな移行を支援しました。
- WMS連携の複雑さ: 既存のWMSとAMR制御システム間の連携インターフェース開発に一部予期せぬ技術的な課題が発生しました。これについては、WMSベンダーとAMRベンダー、そしてA社様のIT部門が密に連携を取り、課題発生後速やかに情報共有と技術検討を行うことで早期に解決しました。
成功の要因・ポイント
今回のAMR導入が成功に至った主な要因は以下の通りです。
- 課題と目標の明確化: 人手不足、ピッキング効率の低さという具体的な課題に対し、既存の強み(多層ラックによる保管効率)を活かしつつ、数値目標(生産性〇〇%向上、人員〇〇%削減など)を明確に設定したことが、システム選定や設計の方向性を定める上で重要でした。
- 既存システム・設備との連携重視: 既存の多層ラックやWMSを最大限に活用するという方針を貫いたことで、大規模な投資や中断期間を避けつつ、AMRを効果的に組み込むことができました。WMSとのスムーズな連携は、システム全体の運用効率に直結する重要な要素でした。
- 段階的な導入と現場との協調: 一度に全ての作業を自動化するのではなく、一部エリア、一部作業から段階的にAMRを導入し、現場の習熟度に合わせて拡大していったこと。また、導入初期から現場スタッフを巻き込み、意見を反映させながら進めたことが、現場の受容性を高め、スムーズな移行に繋がりました。
- 経営層の強力なリーダーシップ: 新しい技術導入に対する経営層の明確な意思決定と、プロジェクト推進への継続的なサポートが、困難な局面を乗り越える上で不可欠でした。
今後の展望
AMR導入による初期の成功を踏まえ、A社様では今後、AMR活用の範囲拡大を検討されています。具体的には、他の物流拠点への横展開や、ピッキング以外の作業(例: 棚卸し作業へのAMR活用)の自動化可能性を探っています。また、AMRシステムから収集される詳細な稼働データや生産性データを分析し、さらなる物流センター全体の最適化、例えば棚配置の変更によるAMR走行距離の短縮なども視野に入れています。AMRを単なる自動搬送装置としてではなく、物流オペレーション全体の効率を高めるための重要なインフラとして位置づけ、継続的な改善に取り組んでいく方針です。